3月1日 明石の空です
曇り空さんから 本格的な雨さんになりました
月はじめ 洗い流して さぁー 暖かい春がきますよと
言ってるみたいな雨さんです
どんよりとしてます
曇り空の中 用事をしに 駅前まで
帰りは 傘をさして
途中を パチリと
白梅
2020年 三月想い出
今日まで お付き合いください
2020年は 29日までありました
29日に 通夜をして 一日は 旅立ちの日でした
魚釣りが 大好きだった 旦那さんの 旅服は
いつもの 釣りに行く かっこに してあげました
最後まで 釣りに 行きたい気持を 捨ててなかったのです
子供達も 協力して 行けるときには 連れて行ってくれました
ベッドで 釣竿さわり 修理をしたり 毛ばりを作ったりしてましたね
コロナ禍の 前だったので 宮崎 熊本 東京の親戚が 来る事ができました
一週間 遅かったら 無理だったと想います
悲しい 旅立ちでは なく
本当に お疲れ様という 感じでした
みんなで 和やかに お別れをしていたので
斎場の係りの方も
こんな ふうな 和気藹々とした 故人さんを見送る
お葬式 みたことないですと 言われてました
息子さんの 「弔辞」です
前文省略して
数年前に 肺を患いながらも 私たちや 皆様に 心配かけまいと
最後まで強く 元気な姿を見せてくれたと想います
本当に 負けず嫌いな性格で 自分の身体を酷使してでも
仕事に励み 私たち家族を守ってくれました
そんな父は 自分よりも 人のために尽くす事を生きがいとして 人として接し
私達だけでなく 多くの方々にとっての 父親でもあったと 私は そう想っています
たくさんある 父との想いでの中から 一つだけ抜き出して
皆様に お伝えしてもいいのであれば
多くの 従業員の方に 囲まれ 楽しそうに
笑う顔は 本当に幸せそのものでした
今は 見ることができない その笑顔が 儚くとても 尊いものだと気付かされます
そんな父は 不器用な 一面もありました
47年に わたる 夫婦関係は 父を最後の最後まで
支えた 母 あってのことだと想います
父 憲治は 母 牧子に対して その生涯を 数え切れないほどの
感謝を言えず 心の中で 留めていたのだと想います
照れ屋の父のために 私ができる 最後の親孝行は
父の想いを借りて 私が 伝える事にあり
今から 述べる言葉は 父の言葉だと 想っていただければ 幸いです
「まっこさん 今まで 本当にありがとう」
2020年3月1日 息子
三ヶ月程 泣くわけでもなく 気丈に過ごしていた自分が いました
ある日 この曲を聞いた時 突然 涙が とまらず
涙を 流す事が できる自分が いました
少し メンタルも壊れましたけど この涙が あったから
自分自身を 取り戻せたような気がします^_^;
何回かに わけて 書いてきました
読んで いただきありがとうございました
自分自身の なかで 一区切り したくて 気持を 綴らせていただきました
時々は 旦那さん 登場すると 想います その時は
よろしく お願いします_(._.)_
おまけ
昨日 はじめての いちごを 口にした 孫さん
経験 ありますよね 笑いまくっています \(^o^)/(動画あり)
「素敵な言葉」
夢見月 ゆめみづき
草木と一緒に見る夢
日に日に 暖かくなり 春を迎える喜びが 一番 感じられる月
新しい 芽を吹き 次々と花を咲かせる草木たち
それに吊られて 私たちも 美しい夢を見ることが できます
(美人の日本語 山下景子さんの 本のな中からです)
音楽♬
などなど聞きながらです♭ ♯ ♪
素敵な時間を 暖かくしてお過ごしください m(__)m