日々の思い

今日は、朝からカンカン照りです。昨日の続きです~

旦那さんの仕事は、若い時色んな仕事をしてきましたけど、30歳頃からは、長崎にいた、お兄さんが鉄筋業をしてたので、長崎市に13年程住み鉄筋の仕事を一緒にしてました、長崎の日赤原爆病院、前の清風荘ホテル、長崎では色んな建物に携わってました、誇りに、思ってます。兵庫に帰ってきても鉄筋業を始め、独立もし炎天下の中での仕事の苛酷な仕事だったと思ってます。今、現場の前を通れば、懐かしく、暑い中大変やなーと思って立ち止まってみている自分がいます。でも時代の流れには勝てない分は沢山ありました、淡路阪神大震災の後は皆さん大変な苦労されてたし、もうこれ以上のどん底はないだろうと、一生懸命仕事をされてました、生きるためにも、でもまだまだ底の底が有り廃業をされていかれた方をみてきました。でもその中で今も続けておられる方がいます、頑張ってほしいと思います。旦那さんの事はまた折に触れ入れていきたいと思います。

私の事を少し、旧姓は荒木です、出身は今は宮崎県小林市になってますけど、須木村です、小学校の時、父親の仕事(獣医師、大動物、牛、馬、豚等)で行ってます。

高校は小林高等学校家政科卒です、働きながら短大に行くために兵庫県加古川市に来て

三年間(日本毛織印南工場、兵庫女子短期大学家政学科第三部)頑張って卒業しました。その流れで旦那さんんにめぐり合い22歳で結婚して、四人の子供(三女一男)を授かりました、でも三女は十年前に三十歳の若さで親よりも先に旅だってしまいました。

その時は旦那さんもいたし、仕事もしてたので、どうにか乗り越えてきている自分自身がいたと想っています。私は姉と弟がいます、姉は一つ上です、旦那さんがいなくなってから、用事がお互いにない時は姉が宮崎から毎晩七時位になったら電話をしてくれ、一日あった事や、昔の事、父、母の事何でも話せてます、姉には感謝しています。

今日はこの辺で~暑いです、水分補給で気をつけてください、ファイティングで行きましょう。